L・マイトナーさんと同時代の科学者(32) C・ヴァイツマンさん

▼マイトナーさんがカイザー・ヴィルヘルム研究所にいた時期、ハーバー・ボッシュさんが所長を務めていた。1933年にナチスの圧迫が始まったとき、ボッシュさんはベルリンを出る。ヴァイツマンさんの誘いを受けてエルサレムに新設するダニエル・シーフ研究所の所長になる予定だったからだ。しかし、移動の途中、ハーバーさんは死去する。そのためヴァイツマンさんが自ら所長に就任する。
▼ヴァイツマンさんは有機化学者であり、初代イスラエル大統領である。ヴァイツマンさんはイスラエルの若者の教育環境を整えるためヘブライ大学やダニエル・シーフ研究所を創設した。イスラエルが情報技術の先進国になったのは、教育・研究機関とノイマンさんやアインシュタインさんらの協力があったから。

ハイム・ヴァイツマン Chaim Azriel Weizmann 1874-1952

187年、現ベラルーシ(旧ロシア)のモタリ生まれ。ユダヤ人。15人兄弟の3番目。父は材木商。
教育
1878年(4才)ユダヤ教やヘブライ語を教える伝統的な学校 cheder に入学。
1885年(11才)cheder を卒業。ピンスクにある高校に入学。イスラエルの地へ帰還・開拓運動に参加。
1892年(18才)高校を優秀な成績で卒業。ドイツに行きダルムシュタット工科大学に入学、化学を学ぶ。生活費を稼ぐためユダヤ人寄宿学校でヘブライ語を教える。
1894年(20才)ベルリン工科大学に転学。ベルリンでシオニストの知識人と交流。
1897年(23才)スイスのフリブール大学に入学。
1898年(24才)第二回シオニスト会議に参加。
1899年(25才)フリブール大学で PhD(有機化学)。ジュネーブ大学の有機化学を教える(1904年まで)。
活動
1904年(30才)英国マンチェスター大学で化学のsenior lecturer。
1907年(33才)パレスチナを訪問。
1910年(36才)英国市民になる(48年まで)。バクテリア発酵法の開発に成功、発酵工業の父と呼ばれる。
1914年(40才)WWI。シオニズム運動を始める。
1917年(43才)イギリスがパレスチナでのユダヤ国家建設を約束。
1918年(44才)WWI終戦。シオニスト委員会の代表としてテルアビブを視察。
1919年(45才)イラク王国ファイサル1世とファイサル・ヴァイツマン合意。シオニスト運動の指導者。
1921年(47才)世界シオニスト機構(World Zionist Organization) 代表。
1925年(51才)エルサレムにヘブライ大学を創設。
1934年(60才)ダニエル・シーフ研究所(Daniel Sieff Research Institute)設立。ハーバーさん(9月13日)を所長に迎えようとする。ハーバーさんが死去したため所長に就く。
1935年(61才)WZO代表に復帰(46年まで)。
1939年(65才)WWII。イギリス軍需省の名誉顧問。合成ゴムとハイオクガソリンを研究。
1945年(71才)WWII終戦
1948年(74才)イスラエルの初代大統領
1949年(75才)ダニエル・シーフ研究所がヴァイツマン科学研究所に改名。
1952年(78才)死去。

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https://en.wikipedia.org/wiki/Chaim_Weizmann