L・マイトナーさんと同時代の科学者(23) P・ディラックさん

▼シュレーディンガーさん(10月2日)と同時にノーベル物理学賞を受賞した理論物理学者。受賞理由は「原子の理論における新しい生産的な理論形式の発見」。
▼愉快なエピソードを持つ。あまりにもディラックさんが喋らないのでケンブリッジ大学の同僚が寡黙ぶりの単位にディラック「1時間につき1単語」を作った。▼ニールス・ボーアさん(1885-1962)が、文をどう終わらせれば良いか分からないとこぼしているのを聞いて、「私は学校で終わらせ方を決めずに文を書き始めてはいけないと習いました。I was taught at school never to start a sentence without knowing the end of it.」と言った。
▼オッペンハイマーさん(1904-67)が詩を書くことについて「物理は難しいことを簡単に分かるようにする、詩は簡単なことを分かりにくくする。反対だね。The aim of science is to make difficult things understandable in a simpler way; the aim of poetry is to state simple things in an incomprehensible way. The two are incompatible.」と言った。

ポール・エイドリアン・モーリス・ディラック Paul Adrien Maurice Dirac 1902-1984 理論物理学者
1902年、イギリスのブリストル生まれ。父はスイス人、フランス語教師。母はイングランド人で図書館員。父と会話するときはフランス語という決まりになっていた。喋れないので寡黙が身に着いた。
教育
1914年(12才)WWI。マーチャント・ヴェンチャラーズ・スクールに入学。首席。
1918年(16才)WWI終戦。マーチャント・ヴェンチャーラーズ・カレッジに入学。工学を学ぶ。
1919年(17才)一家でスイス国籍からイギリス国籍に変更。
1921年(19才)ブリストル大学に入学。電気工学と数学を学ぶ。
1923年(21才)ブリストル大学で学士(数学)。
1925年(23才)ケンブリッジ大学に入学。ラルフ・ファウラー先生の影響で量子力学に興味。
1925年(23才)ハイゼンベルクさんの行列力学を発展。
1926年(24才)波動力学と行列力学の等価性をシュレーディンガーさんとは別に証明。
1928年(26才)ディラック方程式。
1929年(27才)ケンブリッジ大学でPhD。指導教員はファウラー先生。テーマは「量子力学」。日本で開催される学会にハイゼンベルクさんと船で移動。
活動
1929年(27才)米ウィスコンシン-マディソン大学で visiting professor。
1932年(30才)ケンブリッジ大学のルーカス教授(数学)。
1933年(31才)ノーベル物理学賞をシュレーディンガーさんと同時受賞
1937年(35才)友人の物理学者ユージン・ウィグナーさんの妹と結婚。人に奥さんを紹介するとき「ウィグナーの妹で今は私の妻を紹介します。Allow me to present Wigner’s sister, who is now my wife」と言っていた。
1939年(37才)WWII
大戦中、遠心分離機を使ったウラン濃縮に関する理論と実験研究を指揮。
1945年(43才)WWII終戦
1952年(50才)コプリ・メダル受賞。
1969年(67才)ケンブリッジ大学を退職。
1970年(68才)フロリダ州立大学でVisiting Professor。
1972年(70才)フロリダ州立大学で教授。土地と気候が合ったので気持ちよく過ごし、以前より社交的になる。84年まで60本の論文を発表。
1984年(82才)フロリダで死去。

https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Dirac#Lucasian_Chair
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF