リーゼ・マイトナーさんの甥、オットー・フリッシュさんの自伝に出てくる科学者(57)原子核の殻モデルを考案した:H・スエスさん

▼スエスさんはオーストリア生まれの物理化学者。WWII後はアメリカで活躍した。
▼フリッシュさんの自伝では、原子核の殻構造モデルを考案した研究者の一人として紹介されている。

ハンス・スエス Hans Suess 1909–1993
1909年、ウィーン生まれ。
教育
1914年(5才)WWI
1918年(9才)WWI終戦
1935年(26才)ウィーン大学でPh.D.(化学。指導教員は Philipp Grossさん)。
活動
1939年(30才)WWII。ノルウェーの重水プラントで製造アドバイザー。
1945年(36才)WWII終戦。ハンス・イェンゼンさんと原子核の殻モデルについて共同研究。
1950年(41才)渡米。シカゴ大学でHarold Ureyさんと宇宙化学を研究。
1955年(46才)スクリップス海洋研究所で研究。
1958年(49才)カリフォルニア大学サンディエゴ校UCSDの設立に参加。教授(1977年まで)。放射性炭素C14を使った年代測定ラボを立ち上げ研究を進める。
1977年(68才)UCSD名誉教授。
1982年(73才)隕石から新発見されたケイ素化合物がSuessiteと命名される。
1993年(84才)カリフォルニア州サンディエゴで死去。

▼師匠・弟子・関係筋
師匠
□ Philipp Gross 1899–1974 ウィーンの物理化学者。
弟子
□ Ellen R.M. Druffel
関係筋
□ ハロルド・ユーリー Harold Urey 1893–1981 アメリカの物理化学者。1934年に重水素発見の功績でノーベル化学賞を受賞。
■ ハンス・イェンゼン Hans Jensen 1907-1973

※オットー・フリッシュ著 松田文夫訳 「何と少ししか覚えていないことだろう-原子と戦争の時代を生きて-」 吉岡書店、2003年。
https://en.wikipedia.org/wiki/Hans_Suess