リーゼ・マイトナーさんの甥、オットー・フリッシュさんの自伝に出てくる科学者(54)ニュートリノの存在を証明した:F・ライネスさん

▼ライネスさんはそれまでパウリさんが理論で予想したニュートリノの実在を実験で証明したノーベル物理学者。
▼フリッシュさんの自伝によると「ニュートリノは、地球を貫通して対極に出現し、その通り道にある原子核に阻止されるチャンスは殆どないと計算された。明らかに、このつかみどころのない来客を捕まえるには、非常に強力なニュートリノの発生源と、非常に大きい計測器が必要であった」(p.225)
▼「原子炉がその一方を、そしてシンチレーションカウンターが他方を提供した。1953年に、フレデリック・ライネスの指導のもと、アメリカで最も大きい原子炉に隣接して、液体シンチレーター(中略)タンクが置かれ、90台の光電子増倍管で監視」し、さらに1956年の改良実験で最終的な確信を得、「パウリを喜ばせるのに間に合った」(p.225)

フレデリック・ライネス Frederick Reines 1918–1998
1918年、ニュージャージー州のパターソン生まれ。ユダヤ人。父は雑貨店経営。
教育
1935年(17才)ニュージャージーのユニオンヒル高校を卒業。
1939年(21才)WWII。スティーブンス工科大学でB.S.(機械工学)。
1940年(22才)結婚。
1941年(23才)スティーブンス工科大学でM.S.(数理物理学)。
1944年(26才)ニューヨーク大学でPh.D.(指導教員は Richard D. Presentさん)。 D論は”Nuclear fission and the liquid drop model of the nucleus”
活動
1944年(26才)マンハッタン計画に参加。ファインマンさんの理論物理学チームに所属(1946年にグループリーダー)。
1945年(27才)WWII終戦
1946年(28才)ビキニ環礁での原爆実験クロスロード作戦に参加。
1948年(30才)エニウェトク環礁での原爆実験サンドストーン作戦、ネバダ核実験場でのレンジャー作戦、バスタージャングル作戦に参加。
1951年(33才)太平洋で実施した5回にわたる原爆実験グリーンハウス作戦でディレクタ。核汚染の防止策として地下核実験に切り替える。
1953年(35才)原子炉で発生したニュートリノを検出する実験。共同研究者はクライド・カワンさん。
1954年(36才)装置を大型化。ニュートリノの発生頻度を計測しパウリさんが予想していたニュートリノの存在を証明。
1957年(39才)ロスアラモス国立研究所を退任、ジョージ・ワシントン大学で教授。
1959年(41才)ケース・ウェスタン・リザーブ大学で教授(1966年まで)。
1966年(48才)カリフォルニア大学アーバイン校で教授。
1995年(77才)ノーベル物理学賞受賞(ニュートリノを検出したレプトン物理学の先駆的実験)
2003年(85才)カリフォルニア州オレンジで死去。

▼師匠・弟子・関係筋
師匠
□ Serge A. Korff
□ Richard D. Present
関係筋
■ ヴォルフガング・パウリ Wolfgang Pauli 1900-1958
■ エンリコ・フェルミ Enrico Fermi 1901–1954
■ ハンス・ベーテ Hans Bethe 1906-2005
■ ルドルフ・パイエルス Rudolf Peierls 1907-1995
□ Norris Bradbury 1909–1997 アメリカの物理学者。ロスアラモス研究所所長。
□ John Wheeler 1911–2008 アメリカの理論物理学者。
□ Jordan Mark 1913–1997 アメリカの数学者。ロスアラモス研究所でベーテさんのチームメンバー。
■ リチャード・ファインマン Richard Feynman 1918-1988
□ クライド・カワン Clyde Cowan 1919-1974 アメリカの物理学者。1956年にライネスさんと共にニュートリノを発見した功績で1995年にノーベル物理学賞を受賞。

※オットー・フリッシュ著 松田文夫訳 「何と少ししか覚えていないことだろう-原子と戦争の時代を生きて-」 吉岡書店、2003年。
https://en.wikipedia.org/wiki/Frederick_Reines
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%87%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8D%E3%82%B9