リーゼ・マイトナーさんの甥、オットー・フリッシュさんの自伝に出てくる科学者(52)水爆の父:E・テラーさん

▼共産主義やアメリカの敵国に対抗するためマンハッタン計画に参加し、原爆以上に破壊力を持つ水爆の研究開発を促進した理論物理学者。
▼フリッシュさんの自伝のテラーさんは昨日のノイマンさんとほぼ同量の記述がある。「テラーはいつも、難しい問題、議論、目隠しチェスゲームなど、何か挑戦するものを探すタイプの頭脳を持っていた」(p.217)
「私は、技術の欠けているところを天性の音楽性と、純粋な意志の力で置き代えたテラーのピアノ演奏も好きで、称賛していた」(p.218)
▼「テラーは故郷のハンガリーが共産主義者に占領されるのを見て以来、狂信的な反共主義者となり、(中略)アメリカはそのために武装すべきだと強く信じていた」ので、ウラムさんと研究を続けて完成させる。「水素爆弾はいまや、広島を壊滅させた原子爆弾の一千倍の爆発力を持つようになっている」(p.218)

エドワード・テラー Edward Teller 1908-2003 ハンガリー出身、アメリカの理論物理学者。
1908年、ハンガリーのブダペスト生まれ。父は弁護士、母はピアニスト。共にユダヤ人。
教育
幼年時代、(アインシュタインさんやファインマンさんと同様)話し始めるのに時間がかかった。数字に興味があり計算が早かった。
1914年(6才)WWI
1918年(10才)WWI終戦
1919年(11才)オーストリア=ハンガリー帝国が崩壊。反ユダヤ主義が盛んになる。ブダペストのFasori Lutheranギムナジウム、Mintaギムナジウムで学ぶ。
1926年(18才)ユダヤ人への圧迫が強まったので一家でハンガリーからドイツへ移住。Karlsruhe大学に入学。数学と化学を学ぶ。ハーマン・マークさんからド・ブロイさんの量子物理の話を聞く。
1928年(20才)電車事故で右足先端を切断。Karlsruhe大学で学士(化学工学)。専門を物理に変えてミュンヘン大学に入学、ゾンマーフェルトさんに学ぶ。
1929年(21才)ミュンヘン大学からライプツィヒ大学に転学。
1930年(22才)ライプチヒ大学で Ph.D. in physics。指導教員はハイゼンベルクさん。ガモフさん、ランダウさん、プラチェックさんと友達になる。ゲッティンゲン大学でボルンさんとフランクさんに学ぶ。
活動
1932年(24才)プラチェックさんの計画で、夏をローマのフェルミさんのもとで原子核物理学を研究して過ごす。
1934年(26才)ユダヤ人救出委員会の助けでドイツを脱出。コペンハーゲンのニールス・ボーア研究所で研究。結婚。
1935年(27才)アメリカ合衆国に移住。
1937年(29才)ハーマン・ヤーンさんとJahn–Teller effectを発見。
1939年(31才)WWII
1941年(33才)ガモフさんの紹介でジョージ・ワシントン大学で教授(物理学)(1941年まで)。アメリカ市民になる。
1942年(34才)オッペンハイマーさんがカリフォルニア大学バークレー校で開いた原子爆弾製造法のセミナーに参加。マンハッタン計画に参加、ロスアラモス国立研究所の理論物理学部門に所属。水素爆弾の開発を主張。
1943年(35才)友人のレフ・ランダウの運命(スターリン批判して投獄)を知り共産主義反対の立場。
1945年(37才)トリニティ実験に立ち会う。WWII終戦
1946年(38才)シカゴ大学で教授。
1949年(41才)ソビエト連邦が核爆発に成功。アメリカを刺激。
1950年(42才)ロスアラモス国立研究所で水爆計画に携わる。
1952年(44才)水爆実験に成功。ロスアラモス研究所を辞め、カリフォルニア大学放射線研究所ローレンス・リバモア支部に入る。
1954年(46才)身上調査審問でオッペンハイマーさんを非難。その後、二人の関係が悪化。
1958年(50才)ローレンスリバモア国立研究所の所長(60年まで)。カリフォルニア大学バークレー校で教員。
1975年(67才)カリフォルニア大学バークレー校を引退。ローレンスリバモア国立研究所の名誉所長。フーバー研究所のシニア研究員。
1982年(74才)アメリカ国家科学賞を受賞。
2003年(95才)カリフォルニア州スタンフォードで死去。

▼師匠・弟子・関係筋
師匠
■ アルノルト・ゾンマーフェルト Arnold Sommerfeld 1868-1951 ミュンヘン大学で師事。
■ マックス・ボルン Max Born 1882-1970
■ ジェイムズ・フランク James Franck 1882-1964
■ ニールス・ボーア Niels Bohr 1885-1962
□ ハーマン・マーク Herman Mark 1895-1992
■ エンリコ・フェルミ Enrico Fermi 1901–1954
■ ヴェルナー・ハイゼンベルク Werner Heisenberg 1901-1976 指導教員。
関係筋
■ アルベルト・アインシュタイン Albert Einstein 1879-1955
□ セオドア・フォン・カルマン Theodore von Kármán 1881–1963
■ アーサー・コンプトン Arthur Compton 1892-1962
■ レオ・シラード Leo Szilard 1898–1964
■ イジドール・ラービ Isidor Rabi 1898-1988
□ Paul Hugh Emmett 1900–1985 Brunauer–Emmett–Teller isotherm
■ アーネスト・ローレンス Ernest Lawrence 1901-1958
■ ユージン・ウィグナー Eugene Wigner 1902-1995
■ ジョン・フォン・ノイマン John von Neumann 1903-1957
□ Stephen Brunauer 1903–1986 Brunauer–Emmett–Teller isotherm
■ ロバート・オッペンハイマー Robert Oppenheimer 1904-1967
□ ジョージ・ガモフ George Gamow 1904-1968 友人。
□ ジョージ・プラツェック George Placzek 1905–1955 友人。
■ エミリオ・セグレ Emilio Segrè 1905-1989
□ マリア・ゲッパート=メイヤー Maria Goeppert-Mayer 1906-1972
■ ハンス・ベーテ Hans Bethe 1906-2005
□ Hermann Arthur Jahn 1907-1979 Jahn–Teller effect
■ ルドルフ・パイエルス Rudolf Peierls 1907-1995
■ レフ・ランダウ Lev Landau 1908-1968 友人。
■ スタニスワフ・ウラム Stanisław Ulam 1909-1984
□ クラウス・フックス Klaus Fuchs 1911-1988 理論物理学者。

※オットー・フリッシュ著 松田文夫訳 「何と少ししか覚えていないことだろう-原子と戦争の時代を生きて-」 吉岡書店、2003年。
https://en.wikipedia.org/wiki/Edward_Teller
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%86%E3%83%A9%E3%83%BC