リーゼ・マイトナーさんの甥、オットー・フリッシュさんの自伝に出てくる科学者(28)戦後ドイツ科学復興の象徴:M・プランクさん(3回目)

▼ちょうど1月1日からこのブログはフリッシュさんの自伝の第三章に出てくる人物を見ている。第三章はフリッシュさんのベルリン時代(1927-1930)である。
▼フリッシュさんはベルリンのPTR(物理技術協会)で仕事をしながら叔母リーゼ・マイトナーさんとピアノを弾いたりコンサートに出かけて楽しい毎日を送っている。
▼ベルリン大学で行われる「水曜コロキウム(セミナー)」にもよく参加している。前の席はノーベル賞受賞者が並んで座っている。マックス・プランクさんもその一人。「背が高く、やせて気品のある横顔は後にドイツの2マルク硬貨に使われたので、他の科学者の誰よりも大勢の人に知られるようになった」(p.41)。
▼1927-1930年のプランクさんは69-72才。10年前のWWIで長男が戦死し、娘二人も出産の後に亡くなって家庭的に悲劇に見舞われた後である。仕事ではベルリン大学を退任しているもののドイツ物理学の発展のために活動を続けている。時代はWWIIに向かっている途中だ。
▼今回はプランクさんの「年表(9月9日の更新版)」と「師匠・弟子・関係筋(◇は指導教員、□はブログでまだ取り上げてない人物、■は取り上げたことがある人物)」を載せる。

マックス・プランク Max Planck 1858-1947
1858年、ドイツのキール生まれ。父はキール大学の教授(法学)。
1864年(6才)第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争。日常的に軍楽隊の音楽が響く環境で育つ。
1867年(9才)一家でミュンヘンに転居。ピアノ演奏に才能を見せる。音楽を一生の趣味とする。
教育
1867年(9才)マクシミリアン・ギムナジウムに入学。教師から天文学、機械学、数学、エネルギー保存則を教えてもらう。
1874年(16才)ミュンヘン大学に入学。熱力学を専攻。
1877年(19才)ベルリン大学に留学。合唱部に入る。ヘルムホルツ先生やキルヒホフ先生と出会う。講義の特長:ヘルムホルツ先生 ~ 準備不足、退屈。
キルヒホフ先生 ~ 念入りで整然、無味乾燥。対応策:R・クラウジウス先生の熱力学の論文で勉強。
1879年(21才)ミュンヘン大学で博士。
活動
1880年(22才)教授資格を取得。
1885年(27才)キール大学で員外教授(熱力学)。
1887年(29才)結婚。
1889年(31才)ベルリン大学で員外教授(キルヒホッフ先生の後任)。ヘルムホルツ先生の同僚になる。
1892年(34才)ベルリン大学で正教授。
1895年(37才)黒体放射エネルギーの研究を開始。
1899年(41才)光の最小単位に関する定数「プランク定数」を発表。
1900年(42才)放射に関するプランクの法則を発表。後にアインシュタインさん、ボーアさんが発展・確立する量子力学の基礎を築く。
1905年(47才)アインシュタインさんが特殊相対性理論を発表。ゼミで研究。
1907年(49才)マイトナーさんの弟子入りを受け入れる。
1909年(51才)コロンビア大学に招待され講義を行う。
1911年(53才)ソルベ会議でアインシュタインさんと初めて会う。カイザー・ヴィルヘルム物理学研究所創設。
1913年(55才)ベルリン大学で総長。
1914年(56才)WWI
1914年(56才)ドイツの戦争を支援する「93人のマニフェスト(世界文明への宣言)」に署名。
1915年(57才)署名を非公式に謝罪。
1916年(58才)長男カールが戦死。次男エルヴィンが捕虜。
1917年(59才)娘2人が出産後に死去。
1918年(60才)WWI終戦ノーベル物理学賞受賞(エネルギー量子の発見による物理学の進展への貢献)
1920年(62才)ドイツ科学救援連合発足。星基金運用委員会、電気物理学委員会で委員。
1926年(68才)ベルリン大学退任(後任エルヴィン・シュレーディンガーさん)。王立協会外国人会員に選出。
1927年(69才)フリッシュさん(23才)がPTRの光学部門で仕事を始める。
1929年(71才)コプリ・メダル受賞。博士号取得50周年。マックス・プランク・メダル創設。
1930年(72才)カイザー・ヴィルヘルム研究所で所長。フリッシュさん(23才)がベルリンのPTRからハンブルグに移る。
1933年(75才)ユダヤ人学者の追放についてヒトラーに直接抗議。
1936年(78才)カイザー・ヴィルヘルム協会会長退任(後任カール・ボッシュさん)。
1938年(80才)マイトナーさんがベルリンを脱出。
1939年(81才)WWII
1943年(85才)ベルリン空襲で家財を焼失。
1944年(86才)ナチスから講演活動の中止を勧告。次男エルヴィンがヒトラー暗殺計画に関わり逮捕。国賊の父と言われる。カイザー・ヴィルヘルム協会で会長に再就任。
1945年(87才)次男エルヴィンが処刑。WWII終戦
1946年(88才)カイザー・ヴィルヘルム研究所がマックス・プランク研究所に改名。名誉会長。後任会長にオットー・ハーンさん。
1947年(89才)死去。

師匠
■ ヘルマン・ヘルムホルツ Hermann Helmholtz 1821-1894(プログラミング教室のHP 1月5日)
■ ルドルフ・クラウジウス Rudolf Clausius 1822-1888(1月6日)
■ グスタフ・キルヒホフ Gustav Kirchhoff 1824-1887(プログラミング教室のHP 1月3日)
□ アレクサンダー・ブリル Alexander Brill 1842–1935 ドイツの数学者
弟子
■ エルンスト・ツェルメロ Ernst Zermelo 1871–1953(1月7日)
■ マックス・アブラハム Max Abraham 1875-1922 理論物理学者(1月8日)
■ マックス・フォン・ラウエ Max von Laue 1879-1960(2020年9月17日、1月9日)
■ モーリッツ・シュリック Moritz Schlick 1882-1936 哲学者、物理学者
■ ユリウス・リリエンフェルト Julius Lilienf 1882-1963
■ ヴァルター・マイスナー Walther Meissner 1882-1974 マイスナー効果
■ ヴァルター・ショットキー Walter Schottky 1886-1976 4極管の発明者
■ グスタフ・ヘルツ Gustav Hertz 1887-1975
■ ヴァルター・ボーテ Walther Bothe 1891–1957(1月4日)
□ エーリヒ・クレッチマン Erich Kretschmann 1887–1973
関係筋
■ ヴィルヘルム・ヴェーバー Wilhelm Weber 1804-1891
□ エルンスト・ヘッケル Ernst Haeckel 1834-1919
□ エルンスト・マッハ Ernst Mach 1838-1916 オーストリアの物理学者
■ ジョン・ウィリアム・ストラット John William Strutt 1842-1919 イギリスの物理学者(11月12日)
■ ルートヴィッヒ・ボルツマン Ludwig Boltzmann 1844-1906 物理学者、哲学者(9月9日)
■ ヴィルヘルム・レントゲン Wilhelm Röntgen 1845–1923(2020年6月12日)
□ フェリックス・クライン Felix Klein 1849-1925 ドイツの数学者
□ アドルフ・ハルナック Karl Harnack 1851–1930 KW協会前任会長
□ ヘンドリック・ローレンツ Hendrik Lorentz 1853-1928
□ フリードリヒ・オストヴァルト Friedrich Ostvalds 1853–1932 ドイツの化学者
□ フェルディナント・クルルバウム Ferdinand Kurlbaum 1857–1927
□ ヴァルター・ネルンスト Walther Nernst 1864–1941
□ ヴィルヘルム・ヴィーン Wilhelm Wien 1864-1928
□ ハインリヒ・ルーベンス Heinrich Rubens 1865-1922
■ フリッツ・ハーバー Fritz Haber 1868-1934
■ アルノルト・ゾンマーフェルト Arnold Sommerfeld 1868-1951 弟子4人がノーベル賞受賞
□ 星一 1873-1951
■ カール・ボッシュ Carl Bosch 1874-1940
□ ジェームズ・ジーンズ James Jeans 1877-1946 イギリスの物理学者
■ リーゼ・マイトナー Lise Meitner 1878-1968
■ オットー・ハーン Otto Hahn 1879-1968
■ アルベルト・アインシュタイン Albert Einstein 1879-1955
■ マックス・ボルン Max Born 1882-1970
■ ニールス・ボーア Niels Bohr 1885-1962
■ エルヴィン・シュレーディンガー Erwin Schrödinger 1887-1961
■ ド・ブロイ de Broglie 1892-1987 マックス・プランク・メダル(1938)受賞
■ ヴェルナー・ハイゼンベルク Werner Heisenberg 1901-1976

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2020年9月9日

L・マイトナーさんの歩みに影響した人物(2) マックス・プランクさん


2020年12月12日

リーゼ・マイトナーさんの甥、オットー・フリッシュさんの自伝に出てくる科学者(5) 量子論の父:M・プランクさん

※オットー・フリッシュ著 松田文夫訳「何と少ししか覚えていないことだろう-原子と戦争の時代を生きて-」吉岡書店、2003年。