リーゼ・マイトナーさんと世紀末ウィーン(3) C・ユングさん

▼分析心理学の創始者。大学の指導教員の紹介でフロイトさんを知る。ユングさんとフロイトさんの交流は、1907年に始まり、1914年に終わる。アドラーさんの場合は1902年に始まり1911年に終わる。ということは1907年から1911年の間は、精神分析の学会で2人が顔を合わせる機会が何度もあった。それぞれ、フロイトさんと決裂した後、一家を成した。
▼マイトナーさんの専門の化学では、誰がやっても同じ実験結果が得られるのが基本。精神分析の場合は、相手が人間だから化学でやるような実験はできない。方法と結果の因果検証が難しいところが化学との違いだ。
▼マイトナーさんもさんざん理不尽な目に遭い、大苦労をしたのに、同時代の精神分析との関連は見えてこない。マイトナーさんは、フロイトさん・アドラーさん・ユングさんという心理学の超大御所がそろい踏みしたすごい時代の同時代人だ。

カール・グスタフ・ユング Carl Gustav Jung 1875-1961 心理学者

1875年、スイスのケスヴィル生まれ。父は哲学博士で牧師。
教育
1886年(11才)父にラテン語を習った後、バーゼルのギナジウムに入学。
1895年(20才)バーゼル大学医学部に入学。
1896年(21才)父が死去。経済状態が悪化。
1900年(25才)バーゼル大学医学部を卒業。
活動
1900年(25才)兵役につく。
1901年(26才)チューリヒ大学精神科クリニック「ブルクヘルツリ」でオイゲン・ブロイラー先生の助手。
1902年(27才)ブロイラー先生の勧めで学位論文『いわゆるオカルト的現象の心理と病理』を執筆。パリに留学。
1905年(30才)チューリッヒ大学で医長。教授(精神医学)資格を取る。私講師。
1906年(31才)『早発性痴呆の心理』を発表。
1907年(32才)ブロイラー先生主催の大学内勉強会でフロイトさんの『夢判断』のレポートを担当。このときからフロイトさんとの交流が始まる
1908年(33才)『精神病の内容』を発表。
1909年(34才)大学を辞めクリニックを開業。
1911年(36才)フロイトさんらが国際精神分析協会を設立、初代会長。
1914年(39才)WWI。フロイトさんとの意見の相違が目立つようになり国際精神分析協会を退会。チューリヒ大学医学部私講師も辞任。
1916年(41才)「心理学クラブ」を設立、分析心理学の確立を目指す。
1918年(43才)WWI終戦
1921年(46才)『心理学的類型』を発表。
1922年(47才)スイスのボーリンゲンで塔の建設を開始。
1929年(54才)『黄金の華の秘密』を発表。
1939年(64才)WWII
1945年(70才)WWII終戦
1948年(73才)チューリッヒにユング研究所を設立。
1961年(86才)死去。

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