リーゼ・マイトナーさんと世紀末ウィーン(15) A・ロダンさん

▼リルケさん(10月25日)、ヴィトゲンシュタイン家(10月26日)とも交流があった人物。ただ調べ不足のため、世紀末ウィーンとどんなつながりがあるかは未詳です。
▼青銅の作品の数々は超有名。日本にも多大な影響を及ぼしている。「考える人」を知らない人はいないだろう。国立西洋美術館には「カレーの市民」がある。
▼リーゼ・マイトナーさんが生まれた1878年に『洗礼者ヨハネ』を作っている。マイトナーさんがどこかで作品を見ている可能性がある。

オーギュスト・ロダン François-Auguste-René Rodin 1840-1917 近代彫刻の父

1840年、パリ生まれ。父は警察の事務員。
教育
1850年(10才)初めて絵を描き美術に興味を持つ。
1854年(14才)プティット・エコールという工芸学校に入学。美術の先生に褒められて自信。
1857年(17才)プティット・エコール退学。エコール・ボザールの入試を3度受けるも合格できず。室内装飾の仕事に携わる。
活動
1863年(23才)姉の死去に衝撃を受け、美術をやめて神学にしようと修道士見習いになる。指導役の司教は神学より美術に適性があると判断し諭される。動物彫刻の大家に弟子入り。
1864年(24才)室内装飾の仕事を再開。
1870年(30才)普仏戦争が始まる。近視のため兵役免除。戦争の影響で仕事が減る。新天地を求め家族とベルギーへ移住。ブリュッセル証券取引所の建設に職人として加わる。
1875年(35才)イタリア旅行。ドナテッロとミケランジェロの彫刻を見て衝撃を受ける。ベルギーに戻り『青銅時代』を制作。
1877年(37才)『青銅時代』
1878年(38才)『洗礼者ヨハネ』
1879年(39才)『考える人』(1889年まで)
1880年(40才)『地獄の門』に着手。
1883年(43才)カミーユ・クローデルが弟子入りする(1898年まで)。
1891年(51才)『バルザック』(1898年まで)
1888年(48才)『カレーの市民』
1890年(50才)ヴィトゲンシュタイン家と交流。
1902年(62才)『ロダン論』執筆のリルケさんとの交流が始まる。
1914年(74才)WWI
1917年(77才)死去。

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