リーゼ・マイトナーさんと世紀末ウィーン(11) A・シェーンベルクさん

▼シェーンベルグさんは、マイトナーさんより4年先にウィーンで生まれたユダヤ人作曲家。世紀末ウィーンで新しい時代の音楽を示した作曲家。作品は物議を呼ぶことが多かった。
▼幼少期にヴァイオリンのレッスンを受けただけで、チェロは独学(!)、作曲も独学(!!)。
▼WWIとWWIIの経験者。WWIでは軍務に就く。WWIIでは、ナチスの圧迫を受けてアメリカに移住し一生を終えた。

アルノルト・シェーンベルク Arnold Schoenberg 1874-1951
1874年、ウィーン生まれ。ユダヤ人。父は靴屋。母はピアノ教師。
教育
1882年(8才)ヴァイオリンのレッスンを始める。チェロを独学。
1889年(15才)父が死去。生活のため昼は地元の銀行で働き夜は音楽を学ぶ。
1895年(21才)ツェムリンスキー氏が結成したアマチュア・オーケストラにチェリストとして入団。対位法を師事。20代はオペレッタを制作して収入にした。
活動
1901年(27才)ツェムリンスキー氏の妹と結婚。
1902年(28才)弦楽六重奏曲『浄められた夜』
1904年(30才)ツェムリンスキー氏らと「創造的音楽家協会」を設立、マーラーさんを名誉会長に迎える。
1905年(31才)交響詩『ペレアスとメリザンド』 ウィーンでウィーン演奏協会管弦楽団を自らの指揮で初演。
1906年(32才)『室内交響曲第1番ホ長調』初演時は非難の嵐。マーラーさんは支持。
1907年(33才)『弦楽四重奏曲第1番ニ短調』初演。マーラーさんが支持。
1912年(38才)ベルリンで『月に憑かれたピエロ』初演。
1914年(40才)WWI。軍に召集。
1918年(44才)WWI終戦。ウィーンで『私的演奏協会』を立ち上げ。
1933年(59才)プロテスタントからユダヤ教に改宗。
1934年(60才)ナチスから逃れアメリカに移住。がカリフォルニア大学ロサンゼルス校で教授。
1939年(65才)WWII
1940年(66才)NYで『室内交響曲第2番』初演。
1944年(70才)『主題と変奏』
1945年(71才)WWII終戦
1951年(77才)ロサンゼルスで死去。

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https://en.wikipedia.org/wiki/Arnold_Schoenberg