リーゼ・マイトナーさんとキャヴェンディッシュ研究所の神々(10)電子の粒子性と波動性を親子で発見、息子の:G・トムソンさん

▼父のJJトムソン先生(11月13日)が電子の粒子性を発見、息子のジョージさんが波動性を発見。親子でノーベル賞を受賞。
▼第二次大戦初期、核分裂を応用した原子爆弾の実現可能性についての研究はイギリスがアメリカをリードしていた。この時期、リーゼ・マイトナーさんはヨーロッパにいた。甥のフリッシュさん(9月18日)はバーミンガムにいて物理学者仲間と共同して原爆の実現可能性を指摘した報告書を英国政府に提出。MAUD委員会が設けられ、トムソンさんはその委員長。
▼MAUD報告書を作成したのはチャドウィックさん(11月21日)。その報告書がアメリカに行ってマンハッタン計画になる。チャドウィックさんはイギリス科学者チームの代表として奮闘。WWIIの後、イギリスとアメリカの国力の差が出てくる。

ジョージ・パジェット・トムソン George Paget Thomson 1892–1975 物理学者
1892年、ケンブリッジ生まれ。父はJJ・トムソンさん。
教育
The Perse Schoolで教育を受ける。
1906年(14才)父がノーベル物理学賞を受賞(気体の電気伝導に関する理論および実験的研究)。
ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに入学。数学と物理学を学ぶ。
1914年(22才)WWI。英国軍(当時の名前はQueen’s Royal West Surrey Regiment)に入隊。フランスで軍務につく。
1915年(23才)空軍(Royal Flying Corps)に配属。ファーンボロー空軍基地で戦闘機の空力面を担当。
1918年(26才)WWI終戦
1920年(28才)空軍将校に任ぜられる。
活動
ケンブリッジ大学のフェロー。アバディーン大学に移籍。
1924年(32才)結婚。
1927年(35才)電子の波動性を証明。
1929年(37才)米コーネル大学で非常勤講師。
1930年(38才)インペリアル・カレッジ・ロンドンで教授(Hugh Longbourne Callendar先生の後任)。王立協会フェロー。
1937年(45才)ノーベル物理学賞をクリントン・デイヴィソン氏と共同受賞(結晶による電子線回折現象の発見)。
1939年(47才)WWII
1940年(48才)MAUD委員会の委員長(1941年まで)。原子核物理の軍事利用の研究。父が死去。
1943年(51才)ナイトになる。
1945年(53才)WWII終戦
1949年(57才)王立協会が応用科学の分野で顕著な貢献をした科学者に贈るロイヤル・メダルを受賞。
1952年(60才)インペリアル・カレッジ・ロンドンを退任。コーパス・クライスト・カレッジの学長。
1975年(83才)死去。

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https://en.wikipedia.org/wiki/George_Paget_Thomson