リーゼ・マイトナーさんとキャヴェンディッシュ研究所の神々(1) 空が青い理由を説明した物理学者:W・ストラットさん

▼今回から舞台をイギリスのキゃヴェンディッシュ研究所に移す。舞台は変わっても出てくるのは偉大で変な人たちであることに変わりはない。
▼今回のストラットさんは、空がなぜ青く見えるのか、を理論的に説明したイギリスの物理学者。空の青の話もストラットさんの仕事のワンノブゼム。中学で扱う物理の総仕上げをしたくらいの古典物理学の泰斗。
▼リーゼ・マイトナーさんと年齢を比べると36年の差。その36年間の物理学、化学の進歩は大きい。「エーテル」が信じられていた時代から、原子の解明が進む時代へと変化した。核分裂を命名したリーゼ・マイトナーさんはエーテルと聞いたらどんな反応をするだろう。
▼教訓:人に大切なことは、好きなこと・得意なことを淡々とやり続けることだ。

ジョン・ウィリアム・ストラット John William Strutt 1842-1919 物理学者
1842年、英国東南部のエセックス州生まれ。父は第二代レイリー男爵。
教育
1861年(19才)大学に入るまで教育は家庭教師から受ける。
1861年(19才)ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに入学。数学を学ぶ。
1865年(23才)ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジを卒業。
1866年(24才)トリニティ・カレッジのフェロー(71年まで)。ターリング・プレイスにある自邸で音波や光波を調べる実験を行う。
活動
1870年(28才)音の共鳴に関する論文を発表。
1871年(29才)結婚。「空が青いのは空気中の塵が光を散乱するから」という登山家で物理学者のティンダル氏の推理を理論的に証明
1872年(30才)リュウマチ熱にかかる。暖かいエジプトのナイル河畔で療養。このとき『音響理論 The Theory of Sound』を執筆、音響学の古典となる。
1873年(31才)父が死去、爵位を継承しレイリー卿になる。貴族になっても研究を継続。王立協会会員になる。
1879年(37才)キャヴェンディッシュ研究所の第2代所長(1884年まで)。所長時代はターリング・プレイスから離れて研究活動。
1884年(42才)電磁気学の単位(アンペア、ボルト、オーム)を設定。レイリー電位計を発明。
1887年(45才)ロンドン王立研究所で教授(自然哲学)(1905年まで)。ターリング・プレイスを拠点に仕事を行う。
1892年(50才)空中の窒素のほうがアンモニアを分解して得た窒素よりわずかに重い。その差の理由が分からなかったのでネイチャー誌に協力依頼論文を投稿。化学者のラムゼーさんと共同研究開始。
1894年(52才)空中の窒素の中にアルゴンが含まれていたのをラムゼーさんと共同発見。
1900年(58才)イギリス国立物理学研究所が設立され運営理事会議長になる(1919年まで)。
1904年(62才)空中の窒素とアンモニア分解で得た窒素の重さの違いの原因がアルゴンであることを発見したことによりノーベル物理学賞を受賞。ラムゼーさんはノーベル化学者賞を受賞。
1905年(63才)王立協会会長。
1908年(66才)ケンブリッジ大学の名誉総長。
1914年(72才)WWI。王立協会からランフォード・メダルを受賞。
1918年(76才)WWI終戦
1919年(77才)エセックス州ターリング・プレイスで死去、爵位を息子が継承。

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