リーゼ・マイトナーさんとキャヴェンディッシュ研究所の神々(7)大空に浮かぶ雲を実験室で再現する夢が霧箱に結実:C・ウィルソンさん

▼ウィルソンさんは粒子が飛んだ軌跡の写真で有名な霧箱の発明者。なぜ霧箱を作りたいと思ったか。それはウィルソンさんが高い山にある観測所で見る後光が差す雲の美しさに魅了され、実験室で再現したいと思ったから。
▼霧箱を発表したとき、粒子の軌跡の写真のインパクトが大きく大反響を呼ぶ。反響が収まった後、そのまま時が流れる。しかし、放射性物質の研究と同時並行で霧箱がなくてはならない実験装置、測定装置として真価が認められノーベル物理学賞の受賞となる。
▼リーゼ・マイトナーさんの分野の研究者の間では特に重宝される。

チャールズ・トムソン・リーズ・ウィルソン  Charles Thomson Rees  Wilson 1869-1959 物理学者
1869年、スコットランドのエディンバラ生まれ。父は牧羊家。母の実家は製糸業経営。
教育
1873年(4才)父が死去。母とマンチェスターに移り教育を受ける。
義理の兄の学費援助を受けて Owens College(現マンチェスター大学)に入学。最初は医師を目指す。物理学のバルファー・スチュアート教授の影響を受け方向転換。
1887年(18才)Owens CollegeでBSc。
1888年(19才)奨学金を得てケンブリッジ大学シドニー・サセックス・カレッジに転学。物理学と化学を学ぶ。
1892年(23才)ケンブリッジ大学を優等成績で卒業。
活動
1893年(24才)気象学に興味を持ち雲の性質の研究を開始。山で観測する雲の状態を実験室で再現したいと考える。
1894年(25才)奨学金を得てクラーク・マクスウェル研究所で研究(3年間)。9月、スコットランド最高峰のベン・ネヴィスサンチュの天文台で数週間を過ごす。雲が日光に当たってできる美しい自然現象に心を打たれ、同じ自然現象を実験室で再現したいと思った
1895年(26才)キャベディッシュ研究所でJJトムソン先生(11月13日)の助手。人工的に雲を発生させる研究、霧箱Cloud Chamberの開発研究に着手。
1897年(28才)気象協会で大気中の電気現象の研究(1年間)。雲の発生原因について、当時「空中に浮遊する塵」説と「イオン」説があった。塵説は排除できたものの、イオンがなぜ生じるか不明。
1900年(31才)ケンブリッジ大学シドニー・サセックス・カレッジでフェロー、同大学で講師。
1904年(35才)空気中にイオンが発生する理由が不明のまま、霧箱実験を終了。
1908年(39才)結婚。
1910年(41才)イオンを可視化する研究を開始。
1911年(42才)霧箱を用いて世界で初めてα粒子とβ粒子の飛跡の写真撮影に成功。
1913年(44才)太陽物理観察所のオブザーバー。霧箱によるイオン化粒子の研究とカミナリ電気を研究。
1914年(45才)WWI
1918年(49才)WWI終戦。ケンブリッジ大学で講師(気象電気学)。それまでキャベンディッシュ研究所で応用物理学講座の責任者、講義(光学)を担当。
1927年(58才)物理学者のアーサー・コンプトンさん(10月8日)とノーベル物理学賞を共同受賞。理由:蒸気の凝縮により荷電粒子の飛跡を観察できるようにする方法(霧箱)の研究。
1936年(67才)物理学者のカール・アンダーソンさんが霧箱で宇宙線の軌跡を観測中にポール・ディラックさん(10月3日)が存在を予言していた陽電子電子を発見。ノーベル物理学賞を受賞。
1939年(70才)WWII
1948年(79才)物理学者のパトリック・ブラケットさんがノーベル物理学賞を受賞。理由は霧箱による原子核物理学および宇宙線の分野における発見。
1956年(87才)雷雲の電気に関する論文を発表。
1959年(90才)死去。WWII終戦

https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_Thomson_Rees_Wilson
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%A0%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%B3