リーゼ・マイトナーさんとキャヴェンディッシュ研究所の神々(6)自作の質量分析器で212もの天然同位体を見つけた:F・アストンさん

▼よく遊びよく学ぶを地で行った科学者。研究では、質量分析器の功績でノーベル化学賞を受賞。スポーツと音楽好き。時間配分がめちゃ上手。まるで人間タイムシェアリング。
▼前回のバークラさんと同じ年生まれ、だからリーゼ・マイトナーさんとは一つ違い。バークラさんは聖歌隊で歌いたいあまりトリニティカレッジからキングスカレッジに移ったし、アストンさんはケンブリッジでコンサートにレギュラー出演(バイオリンかチェロ)していた。

フランシス・ウィリアム・アストン Francis William Aston 1877-1945 化学者・物理学者
1877年、英国バーミンガム生まれ。
教育
Harborne Vicarage 学校で学ぶ。ピアノ、バイオリン、チェロを習う。ケンブリッジではオーケストラのメンバーになり演奏会に出る。
1893年(16才)Masonカレッジ(後にバーミンガム大学に統合)で学ぶ。指導教員は John Henry Poynting先生。
1896年(19才)父の個人実験室で有機化学を研究。
1898年(21才)奨学金を得て酒石酸を研究。
1900年(23才)バーミンガムの醸造学校で発酵化学を学んだ後、W. Butler & Co. Brewery醸造所の現場で働く(1903年まで)。
1902年(25才)自分で発明したカーレース用の車両にエンジンを作って搭載。
1903年(26才)アイルランドで開催されたレース Gordon Bennett auto raceに参戦。
活動
1903年(26才)バーミンガム大学に戻りPoynting先生の助手になる。
1908年(31才)父が死去。世界旅行に出る。
1909年(32才)バーミンガム大学で講師。
1910年(33才)JJトムソン先生(11月13日)の招きでキャベンディッシュ研究所に移籍。バーミンガム大学からBSc in Applied/Pure Scienceを得る。
1914年(37才)WWI。バーミンガム大学からDSc in Applied/Pure Scienceを得る。
戦時中は英国王立航空研究所で航空機塗料の開発に従事。戦争期間中は好きなクロスカントリースキーやスケートができないためサイクリングに熱中。
1918年(41才)WWI終戦
1919年(42才)キャベンディッシュ研究所に戻り質量分析器の第一号を完成。続いて改善を施した第二号、第三号を完成。この装置で212の天然に存在する同位体を特定した。
1921年(44才)国際度量衡委員会の委員、王立協会の会員になる。
1922年(45才)ノーベル化学賞受賞。理由:非放射性元素における同位体の発見と質量分析器の開発。著書「Isotopes」発刊。
1925年(48才)日食観測のためBenkoeben へ旅行。
1932年(55才)日食観測のためスマトラ島とカナダへ旅行。
1933年(56才)著書Mass-spectra and Isotopes 発刊。
1936年(59才)素粒子エネルギーとその活用について推測。日食観測のため北海道へ旅行。
1939年(62才)WWII
1945年(68才)WWII終戦。ケンブリッジで死去。

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https://en.wikipedia.org/wiki/Francis_William_Aston