リーゼ・マイトナーさんとキャヴェンディッシュ研究所の神々(4)X線の回折効果を物理学と生物学に適用:L・ブラッグさん

▼ローレンス・ブラッグさんは、リーゼ・マイトナーさんの友人のマックス・フォン・ラウエさんが発見したX線の回折現象を結晶構造の分析に応用し父と一緒にノーベル賞を受賞した人。また、リーゼ・マイトナーさんの甥の物理学者オットー・フリッシュさんをトリニティ・カレッジのフェローシップに推薦した人。
▼オーストラリアにいた子供時代、腕を骨折した。父の手配でレントゲン撮影をした、それがオーストラリアで初のレントゲンの医学応用事例。X線の回折を結晶分析に応用してノーベル賞を受賞。さらに、X線を生物学分野への応用を進める。キゃヴェンディッシュ研究所の所長の時、スタッフがDNAのらせん構造を明らかにしてノーベル賞を受賞する。子供時代から老年時代までX線と共にあった人。

ローレンス・ブラッグ Lawrence Bragg 1890-1971 物理学者
1890年、オーストラリアのアデレード生まれ。父はアデレード大学で数学と物理学を教えていたヘンリー・ブラッグ教授。母は水彩画家。
教育
子供のころから科学と数学に興味。
1904年(14才)アデレード大学に入学。数学・化学・物理学を学ぶ。
1908年(18才)アデレード大学を卒業。父がリーズ大学の教授になり一家で英国に転居。
1909年(19才)ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ入学。数学の奨学金を授与。専攻を数学から物理学に変える。
1911年(21才)ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジを首席で卒業。
活動
1912年(22才)「ブラッグの法則」を発見。アイディアを父に話し、父はリーズ大学でX線分光計を開発し、様々な結晶の分析ができるようになった。
1914年(24才)WWI。トリニティ・カレッジのフェローシップ。英国騎馬砲兵隊に入り少尉。敵軍の大砲発射音から場所を特定する音響測位法の研究を進める。勲章を受ける。
1915年(25才)弟がガリポリの戦いで戦死。父と共にノーベル賞を受賞。史上最年少。「X線による結晶構造解析に関する研究」
1918年(28才)WWI終戦
1919年(29才)マンチェスター・ビクトリア大学で物理学の教授(1937年まで)。
1921年(31才)結婚。王立協会フェロー。
1937年(47才)イギリス国立物理学研究所の所長(1938年まで)。キゃヴェンディッシュ研究所所長のラザフォードさんが亡くなり後任になる(1952年まで)。
1939年(49才)WWII
1941年(51才)ナイトに叙される。
1942年(52才)父がロンドンで死去(79才)。
1945年(55才)WWII終戦
1947年(57才)リーゼ・マイトナーさんの甥オットー・フリッシュさんをトリニティ・カレッジのフェローシップに推薦
1948年(58才)物理学と生物学の研究を融合し、X線でタンパク質の構造を解明。
1953年(63才)キゃヴェンディッシュ研究所でフランシス・クリックさんとジェームズ・ワトソンさんがデオキシリボ核酸 (DNA) の二重らせん構造を発見。
1954年(64才)王立研究所で教授(1971年まで)。
1966年(76才)コプリ・メダル授与。
1971年(81才)死去。

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https://en.wikipedia.org/wiki/Lawrence_Bragg