マックス・プランクさんの関係者(3)自分の電子モデルを提唱した弟子:M・アブラハムさん

▼アブラハムさんはM・プランク先生が博士号取得の指導教員で、その後3年助手を務めた関係。
▼20代でオリジナルの電子モデルを提唱した理論物理学者。
▼新任地に向かう途中、病のため47才で死去。ラウエさんとボルンさんは「若者が自分のモデルを信じるように、アブラハムさんは元素・方程式・電子を愛した。その記憶が消えることはない」と追悼した。

マックス・アブラハム Max Abraham 1875-1922
1875年、ドイツ帝国のダンツィヒDanzig生まれ(現ポーランドのグダニスク Gdańsk)。ユダヤ人。父は商人。
教育
1897年(22才)ベルリン大学で博士(指導教員はM・プランク先生)。卒業後、M・プランク先生の助手(1900年まで)。
活動
1900年(25才)ゴッチンゲン大学で私講師(1903年まで)。
1902年(27才)電子モデルを提唱。H・ローレンツ先生(1899、1904)のモデルと競合。アインシュタインさんの特殊相対性理論 (1905)が普及。
1904年(29才)電磁気学の教科書『電磁理論1』発刊。
1905年(30才)電磁気学の教科書『電磁理論2』発刊。
1908年(33才)渡米、イリノイ大学で教授。馴染めず半年でゴッチンゲンに戻る。
1909年(34才)トゥーリオ・レヴィ=チヴィタさんの招きを受け、ミラノ工科大学で教授(古典力学、1914年まで)。
1914年(39才)WWI。ドイツに帰国、無線通信の開発に従事。
1918年(43才)WWI終戦。シュトゥットガルト Stuttgartの工科大学で教授(物理学、1921年まで)。
1922年(47才)ミュンヘンで死去。

▼師匠・弟子・関係筋
師匠
■ M・プランク先生
関係筋
■ マックス・フォン・ラウエ Max von Laue 1879-1960(9月17日)
■ マックス・ボルン Max Born 1882-1970
□ トゥーリオ・レヴィ=チヴィタ Tullio Levi-Civita 1873-1941 イタリアのユダヤ人数学者。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%83%A0
https://en.wikipedia.org/wiki/Max_Abraham#cite_note-1