マックス・プランクさんの関係者(2)数学者として名を成した弟子:E・ツェルメロさん

▼プランクさんとの間柄は、ベルリン大学で博士号を取得した後、プランクさんの助手として大学に残り3年ほど流体力学を研究した。その後、数学を追求するため大学を移る。
▼ヒルベルト先生の問題に挑戦した数学者。2つの世界大戦を経験。ナチス政権に反対した人物。

エルンスト・ツェルメロ Ernst Zermelo 1871–1953
1871年、ベルリン生まれ。
教育
1889年(18才)ベルリンのギムナジウムを卒業。
ベルリン大学、ハレ大学、フライブルク大学で数学と哲学を学ぶ。
1894年(23才)ベルリン大学で博士。プランクさんの特任助手として大学に残り流体力学を研究。
1896年(25才)ボルツマンのH定理に反論。
1897年(26才)数学の先端を行っていたゲッティンゲン大学に移る。
1899年(28才)教授資格を取得。
活動
1900年(29才)ヒルベルトさんが23の重要問題を提示。集合論、連続体仮説に取組開始。
1902年(31才)連続体仮説の最初の論文を発表。ラッセルのパラドックスを発見。
1904年(33才)整列可能定理を証明。連続体仮説へ第一段階。
1905年(34才)ゲッティンゲン大学で特任教授(1910年まで)。集合論の公理化の取組開始。
1908年(37才)集合論の公理化を発表。
1910年(39才)チューリヒ大学で教授(1916年まで)。
1913年(42才)ツェルメロの定理 (ゲーム理論)。
1914年(43才)WWI
1918年(47才)WWI終戦
1922年(51才)フレンケル氏 Abraham Fraenkelとスコーレム氏Thoralf Skolemがツェルメロの公理系を改良。ツェルメロ・フレンケルの公理系(ZF)として、公理的集合論で使用される公理系になる。
1926年(55才)フライブルク大学で名誉教授。
1931年(44才)ツェルメロの navigation problem
1935年(48才)ヒトラー政権に反対しフライブルク大学の名誉教授を辞職。
1939年(52才)WWII
1945年(58才)WWII終戦。フライブルク大学で再度名誉教授。
1953年(82才)フライブルグで死去。

▼師匠・弟子・関係筋
師匠
□ ラザルス・フックス Lazarus Fuchs 1833–1902 ユダヤ系ドイツ人の数学者。
□ ハーマン・シュワルツ Hermann Schwarz 1843–1921 ベルリン大学の指導的立場にあった数学者。
弟子
□ Stefan Straszewicz
関係筋
■ マックス・プランク(1月5日) Max Planck 1858-1947 ツェルメロさんが博士号取得後、助手について流体力学を研究した。
■ ダーフィト・ヒルベルト(8月14日) David Hilbert 1862-1943 ドイツの数学者。現代数学の父。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%84%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%83%AD#:~:text=%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%84%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%83%AD%EF%BC%88Ernst%20Friedrich%20Ferdinand,%E3%81%AB%E6%A5%AD%E7%B8%BE%E3%82%92%E6%AE%8B%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82
https://en.wikipedia.org/wiki/Ernst_Zermelo