マックス・プランクさんの関係者(1)論文で学んだ師匠:R・クラウジウスさん

▼今回から、「リーゼ・マイトナーさんの甥、オットー・フリッシュさんの自伝に出てくる科学者」の流れからのスピンアウト企画を20数回やります。
▼フリッシュさんの自伝に登場する人物を知るうえで「量子論の父」マックス・プランクさんの関係者を知っておくのは意味深いこと。しかし、1月5日のブログに載せた関係者リストを見ると、すでに調べた人よりまだ知らない人のほうが多い。それでは情報不足なのでちょっと寄り道して関係者リストの人物を見ていくことにする。
▼ベルリン大学に進んだマックス・プランクさんは、高名なヘルムホルツ先生やキルヒホフ先生の講義が面白くなかった(!)ので、自分で論文を探して読むスタイルを取る。このとき読んで印象的だったのがクラウジウスさんの熱力学の論文だったという。ではクラウジウスさんとはどういう人なのか、見てみよう。
※ なお、ヘルムホルツ先生やキルヒホッフ先生の年表はもうひとつのブログ(https://www.uec-programming.com/)に載せているので、ご参照ください。

ルドルフ・クラウジウス Rudolf Clausius 1822-1888
1822年、ロイセン王国ケスリーン生まれ(現ポーランドのコシャリン)。父は牧師、小学校の校長。
教育
父が校長をしている小学校で学ぶ。
1838年(16才)シュテッティン(現ポーランドのシチェチン)のギムナジウム。
1840年(18才)ベルリン大学入学。数学と物理学を学ぶ。
1844年(22才)ベルリン大学卒業。
1848年(26才)ハレ大学で博士。地上の大気の光学効果。
活動
ベルリンのフリードリヒ・ヴェルダー・ギムナジウムで教師(物理、1850年まで)。
1850年(28才)ベルリン王立砲工学校で教授(物理学)、ベルリン大学で私講師。論文”On the Moving Force of Heat” ,  “On the Moving Force of Heat and the Laws of Heat which may be Deduced Therefrom”発表。
1851年(29才)アイルランドの物理学者ジョン・ティンダル(1820-1893)と友人になる。論文を英訳してくれる。
1854年(32才)論文「力学的熱理論の第二基本定理の1つの改良型について」発表。
1855年(33才)チューリヒ工科大学で教授。
1857年(35才)兼任でチューリヒ大学で教授。結婚。
1865年(43才)チューリヒ哲学会で論文発表。熱力学の第一法則(宇宙のエネルギーは一定)、第二法則(宇宙のエントロピーは最大値に向かう)。2つの法則を定式化。
1867年(45才)ヴュルツブルク大学で教授。
1868年(46才)王立協会の外国人会員。
1869年(47才)ボン大学で教授。
1870年(48才)普仏戦争(1871年まで)。戦闘中に怪我。鉄十字勲章。
1875年(53才)妻が死去。6人の子を育てる。
1879年(57才)コプリ・メダル受賞。
1884年(62才)ボン大学で学長(1885年まで)。
1885年(63才)講演『自然界のエネルギー貯蔵とそれを人類の利益のために利用すること』。後に論文で発表。
1888年(66才)ボンで死去。

▼師匠・弟子・関係筋
師匠 不明である。
弟子 これも分からない。
関係筋
□ サディ・カルノー Sadi Carnot 1796-1832 フランスの軍人、物理学者。熱力学の先達。
□ エミール・クラペイロン Émile Clapeyron 1799–1864 フランスの物理学者。クラウジウス-クラペイロンの式。
□ ジェームズ・ジュール James Joule 1818-1889 イギリスの物理学者。熱力学の先達。
□ ジョン・ティンダル John Tyndall 1820-1893 アイルランドの物理学者。友人。
■ ウィリアム・トムソン William Thomson 1824-1907 イギリスの物理学者。熱力学のライバル。(プログラミング教室のHP 12月28日)
■ マックス・プランク Max Planck 1858-1947 論文で学んだ。(1月5日)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%B8%E3%82%A6%E3%82%B9
https://en.wikipedia.org/wiki/Rudolf_Clausius