プロメチウムPmの発見者のひとり C・コルエルさん

原子爆弾製造のマンハッタン計画の化学者メンバー。前に紹介したマリンスキーさんとグレンデニンさんと少し色合いの違う人物。どこが違うかというと、現場で実際に新元素を発見した二人とリーダーという立場の違い。トランジスタを発明したショックレーさん(5月27日参照)、バーディーンさん(5月25日)、ブラッテンさん(5月26日)のチームを連想してしまう。トランジスタのチームの場合、二人がショックレーさんに愛想を尽かして終わりを迎える。コルエルさんのチームはどうだったのだろう。新元素の名前をチームで決めていたのにコルエルさんの奥さんが出てきてひっくり返したほどだから、穏やかならぬものがありそう。

C・D・コルエル Charles DuBois Coryell 1912–1971 化学者

教育
1935年(23才)カリフォルニア工科大学でPh.Dを取得。

活動
1930年代後半(20代後半)1945年にノーベル賞を受賞する化学者Linus Pauling氏の下でヘモグロビンの構造の研究に従事。
1942–46年(30-34才)シカゴ大学オークリッジ国立研究所でマンハッタン計画の核分裂生成物セクションのチーフになる。コルエルさんのチームのミッションは、ウランの分裂で生成する放射性同位体の特徴分析。そのため、プルトニウムの化学的分離法を開発していた。

発見
1945年(33才)チームメンバーのマリンスキーさんとグレンデニンさんがイオン交換クロマトグラフィー法で61番の新しい希土類の単離に成功。
1947年(35才)チームとしては、研究所の名前を冠してクリントニウムclintoniumを予定していた。しかし、コリエルさんの奥さんの提案のプロメチウムを受け入れ命名。マリンスキーさんとグレンデニンさんがアメリカ化学学会でプロメチウムの発見を報告。

その後
1945-71年(33-59才)MITで無機放射化学の教員になり亡くなるまで、微細構造分裂とベータ崩壊理論の研究に携わった。

https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_D._Coryell