テルルTeの発見者 F・ライヒェンシュタインさん

新しい金属元素を発見したけれども、名前を付けて発表するまでの踏ん切りがつかない。その状態が20年近く続く。思い切ってドイツの化学者クラプロートさん(7月14日参照)に送って分析してもらった。結果は新しい金属元素で間違いなし。クラップロートさんはテルルと名付け、発見者の名前をライヒェンシュタインさんで届けた。今回の話は、20年という考えられないライヒェンシュタインさんの長考と、新元素発見の栄誉を譲るクラップロートさんの人徳が清々しい。

フランツ=ヨーゼフ・ミュラー・フォン・ライヒェンシュタイン Franz-Joseph Müller von Reichenstein 1740-1825 オーストリアの化学者、鉱物学者。

1740年、ハプスブルグ帝国、下オーストリア生まれ。
教育
ウィーンで哲学と法律を学ぶ。
1763年(23才)スロバキアにある鉱山大学に入学。鉱業、力学、鉱物学、化学を学ぶ。

活動
1768年(28才)公的資格を持つ鉱山測量技師になる。
1770年(30才)バナト王立鉱山委員会に入り、バナト地域の鉱山について大量の知識を身に着ける。上級鉱山技師に昇格し鉱山管理者になる。
1775年(35才)チロルの鉱山管理者になる。

困惑
1778年(38才)地域一体の鉱山の監督者になり、持ち込まれる鉱石サンプルの分析を手掛ける。あるときルーマニアで見つかった鉱石にアンチモニーが含まれているどうかの分析案件があった。分析して、いったんはアンチモニーは含まれてないと結論。
1779年(39才)前年の結論を修正し、当該鉱石は金とアンチモニーによく似た正体不明の金属が含まれると報告。以来、ライヒェンシュタインさんは3年かけて50種類の試験を実施。ある程度の見当はつけたものの、名付けて発表するまでには至らない状況が続く。

発見
サンプルをドイツのクラプロートさんに送る。
1797年(57才)クラプロートさんがライヒェンシュタインさんから送られたサンプルを分析し、新しい金属の単離に成功。これがテルル。
1798年(58才)クラプロートさんが新しい金属をテルルと命名。クラプロートさんは、ライヒェンシュタインさん発見者として届けた。

名前の由来
語源はラテン語のTellus。ローマ神話に出てくる大地の女神テルースの名前。地球という意味もある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%92%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%AB%E3%83%AB