コバルトCoの発見者 G・ブラントさん

▼コバルトは、顔料コバルトブルーの原料、青いガラスなどで身近な元素。コバルトブルーやガラスに添加すると青い色になるのを発見したのもブラントさん。▼ブラントさんに関する情報は少ない。日本語ウィキペディアでは職業を「鉱山局の役人になり後に王立造幣局の冶金部長」と書いていて、ウプサラ大学の教授と書かれていない。一方、英語ウィキペディアにはウプサラ大学の教授と書いていて鉱山局の役人の話はない。日本語の説明と食い違いを見つけると面白くなる。
▼10年くらい前、ウィキペディアは信用ならないから引用してはダメと否定する見方もあった。でも本の辞典は情報にアクセスする手間が大変で、アクセス先から関連情報に飛ぶのはさらに手間がかかる。ウィキペディアはリンクで簡単に知りたい項目に飛んでいける。毎日お世話になっていて本当にありがたい存在なので、ウィキペディアから寄付のお願いメールが来たら少額寄付している。
▼鉱山局の役人になったのは、ウプサラ大学でブラント先生の指導を受けたA・クルーンステットさんだ。クルーンステットさんはニッケルの発見者として歴史に名を残している人物だ。

イェオリ・ブラント Georg Brandt 1694-1768 スウェーデンの化学者、鉱物学者

1694年、スウェーデンのヴェストマンランド県生まれ。父親は元薬剤師の鉱山経営者。
教育
ライデン、ランスで医学・化学を、ハルツで冶金術を学ぶ。
活動
1727年(33才)ストックホルムの鉱山局に入る。 ←正確さに疑問あり
172?年(??才)王立造幣局の冶金部長になる。 ←正確さに疑問あり
1730年(36才)ヴェストマンランド鉱山の鉱石からコバルトを成分とするブルーの顔料を精製
1737年(43才)コバルトCoを発見。抽出した鉱石の名前からコバルトと命名。
17??年(??才)ウプサラ大学の教授(化学)になる。 ←年代の特定ができない
1768年(74才)死去。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%A7%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%88
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%88